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雪のうちに春はきにけり うぐひすのこほれる涙 今やとくらむ



分析
雪のうちに春はきにけり うぐひすのこほれる涙 今やとくらむ 分析



解釈

雪が降っているうちに春が来たというのは立春が来たということである。
鶯の涙(作者の想像)と考えるのが普通だと思うが、
誰か(作者かもしれない)の悲しみの涙が癒えたかしら(癒えるといいわ)と詠ったものかもしれない。



歌意

二条后の初春の御歌

雪が降っているうちに、立春になりました。
山の鶯の凍ってしまっていた涙は、今は融けたのかしら。

(鶯を作者だとすると)
雪が降っているうちに、立春になりました。
私の凍ってしまうような悲しみの涙も、今は融けて(私の心は)癒えるのでしょうか

(鶯を別のだれかとすると)
雪が降っているうちに、立春になりました。
あの人の心がまるで凍ってしまうような悲しみの涙(泣けないほどの悲しみ)も、
今は融けて(あの人の心は)癒えているのでしょうか


感想

鶯について詠んでいたとしても、やさしいと思う。
大抵の歌が早く来て歌えと自分勝手なことを言っている中で、
鶯(鶯だって寒いに決まっている)の立場に立っているからだ。
また、春が来て、鶯に見立てた誰か(身分は后よりも低い)の心が癒えるといいと詠んでいるのだとすると、
悲しみは切ないけれど、とても暖かい。
ちなみに、おそらく鶯に見立てられた誰かはこの歌を聞いて、
涙を流した(凍った涙が解けた)だろうから、
そこまで考えに入れて詠んだとすると、
二条后さん、スーパーストライクショットな歌をお詠みになられたと思う。
とても感嘆する次第である。



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